異国の香りも和風に仕立ててしまう日本人の寛容さ/和の香り原料一覧
和の香り、というと神社やお寺で漂うような、厳粛でどことなく温かみのある樹木の香りを思い起こす人が多いと思います。太古の昔、香りは宗教と切っても切れない関係にあったとされ、香りの原料を火を焚いて煙に乗せて空間にくゆらすことから始まりました。
香水を意味するパヒューム(Perfume)は、per‐fumum(煙を通じて)というのが語源となっており、煙がどんどん天に昇っていくことから、香りは神様への手紙のような役割を担っていました。
そのような関係から、お寺や神社などで感じる香りが「和風」と感じるのは、このような背景があるからですね。
和の香りの歴史
さて、和の香り、と言っても、実際に日本で採取された香りというのは、ほとんどありません。多くは中国やインドなどの西方から伝わったものです。
その香りを写経本や衣服の防虫剤として使ったりしながら、宗教的な儀式を行う道具という位置付けから、実用的な使い方として香りの範囲が広がってきました。平安時代には、貴族の間で、自分が調合した香りを披露する薫物合せ(たきものあわせ)などの文化が花開きます。
そして、やがて、世の中は貴族の時代から武士の時代へ。
常に戦いを意識せざるを得ない武士達は、貴族達が用いてきた薫物ではなく、沈香を中心とした鎮静効果のある香りを好むようになります。
特に戰の前の高ぶる気持ちを落ち着かせるのには、沈香のような香りがあっていたのかもしれません。
主な「和の香り」一覧
香りの産地は異国であっても、昔から日本の香りとして親しまれ、定着してきた「和の香り」を紹介したいと思います。
龍脳(リュウノウ)
インドネシア原産の龍脳樹より採取される白い鱗片状の結晶。
昔、スマトラの住民が、割れた古い龍脳の木の中に香気を放つ白い結晶を見つけ、その周辺にある油分をひたいに塗ると頭痛が治ったことから、大地からの不思議なプレゼントとして重宝したと言われています。
香りは、書道で使う墨汁の匂いで、実際に龍脳が入っているから、あのような独特な香りがするのです。
大茴香(ダイウイキョウ)
中国南部やインドシナ半島北部に自生するマツブサ科の常緑樹の実。スターアニス。
樟脳に似た香りが特徴。歯磨き粉の香料として使われることもあります。
桂皮(ケイヒ)
クスノキ科の常緑高木の樹皮。香料・食品香料として重用されます。シナモン。
中国産のシナ肉桂、セイロン産のセイロンニッケイのほか、日本産の日本桂皮もあります。
セイロンニッケイは、葉っぱや根を蒸留してシナモン油を採取して香料として利用されます。また蒸留せずに粉末にしたものは、健胃剤や風邪薬、防腐剤などの原料にすることもあります。
中国産のシナ肉桂は、香りを楽しむというよりも、漢方薬としても利用がほとんどです。
日本桂皮は、京都の銘菓でおなじみの「八つ橋」にまぶしてあるニッキの味ですね。和のスパイスとして知られているのではないでしょうか。
丁子(チョウジ)
フトモモ科の常緑高木の花蕾を乾燥させて用いたもの。クローブ。
つぼみのときが一番香りが強いということで、花が咲く前に収穫します。
丁子は昔、女性の髪を結う時に使ったびんづけ油の原料として知られています。
そのほかには、殺菌作用や軽い麻酔作用があるため、歯医者さんの痛み止めなどにも利用されます。
甘松(カンショ)
中国、インドなどに産するスイカズラ科草本の根や茎。
主に薫香(香りの材料を焚いて、その芳香を煙に乗せること)で用いられることが多い香料です。鎮静作用があることから、嘔吐や胃痛、食欲不振の薬の原料としても使われます。
山奈(サンナ)
中国南部産の多年草の根、茎。防虫効果があります。
安息香(アンソクコウ)
タイ、インドネシアに産するエゴノキ科の安息香樹の樹脂。呼吸器系に薬効があります。
「息を安ずる」効果があることから、「安息香」と呼ばれますが、香りはねっとりとした甘ったるい香りです。
薬用では、去痰剤のほか、解熱や腹痛、リュウマチの鎮痛剤などにも使われます。
藿香(カッコウ)
南アジア原産のシソ科の多年生草本。パチョリ。
零陵香(レイリュウコウ)
サクラソウ科の草木、香料のほか、スパイスとして、カレー粉などにも使われます。
薫陸(クンロク)
インド、イラン原産のクンロクコウ類より分泌する樹脂が、土中に埋没して生じた半化石状樹脂です。
乳香(ニュウコウ)
アラブ、エチオピア、インドの方面に自生する乳香樹の樹脂。没薬と並んで、聖書にも登場する香りです。
龍涎香(リュウゼンコウ)
マッコウクジラの消化器官内に生ずるロウ状の物質。アンバーグリス。
長い間、龍涎香の正体は分からず、古代の中国人が龍の涎(よだれ)が固まったものだ、と信じられてきたため、龍涎香という名前がついたとされています。
排草香(ハイソウコウ)
中国産の草本の茎、根。清涼感のある香り。
鬱金(ウコン)
ショウガ科ウコン属の多年草木ウコンの根茎。カレー料理に使われます。
貝甲香 (カイコウコウ)
巻貝の蓋。保香剤的効果があります。
現在ではモザンビーク産のものが多いと言われています。昔から、アラブ、イスラム教の儀式に欠かせない香料として用いられてきた歴史があります。
麝香(ジャコウ)
中国、ネパールに分布する、鯨偶蹄目ジャコウジカ科のオスの分泌物。非常に高価な香料。ワシントン条約により取引が規制されています。
ジャコウジカ1頭から30から60グラム程度が採取できるとされ、そのままの香りは芳香とは言い難い糞尿以上の強烈な刺激臭ですが、1000分の1以上に薄めるとまろやかな芳香に変わります。
香水では、シャネルの5番、19番にも使われていることで有名です。
没薬(モツヤク)
カンラン科ミラルノキ属の樹脂。
椨(タブ)
クスノキ科の常緑高木。線香のつなぎ剤として原料を線状に固めるために使用します。
菖蒲根(ショウブコン)
サトイモ科植物の根。アジア北部原産。刻んだり・粉末にして使用します。
木香(モッコウ)
キク科植物の根。インド・中国産。防虫効果を活かし、香料として匂い袋に使われる。
精油でいうイリスのような香りがします。
また、書物などの防虫剤の原料としても用いられることがあります。
蘇合香(ソゴウコウ)
マンサク科の木から採取される流動樹脂。法隆寺財産目録にも名があり、当時は香料のほか、薬としても用いられました。
また、舞楽でも「蘇合香」という名のついた楽曲があります。
紀元前3世紀ごろのインドのアショカ王が重病に陥ります。その病を直すのには、蘇合香しかないということで、国中を探し回ったあげく、7日目にようやく発見し、王は一命をとりとめます。喜んだ家来が蘇合香の取れる樹木で作った兜をかぶって舞を踊るというエピソードが元になっています。
さいごに
和の香り、というと、ほかにも白檀(ビャクダン)とか、香道で使われる沈香の伽羅(きゃら)、佐曾羅(さそら),
仏壇に添えるお線香の匂いなどは、もっとも日常に染み入る和の香りではないでしょうか。
こうしてみてみると、香りひとつ取っても、「和の香り」というのは、遊びや文化、はたまた、防虫剤や防腐剤などの日用品しても、身近にあったものだとわかります。
日本の長い歴史の中で、異国の香りを「和」に変えていったのですね。