今日がスペシャルな1日になる香りってありますか?/うれしい1日をつくる魔法
あたしの日常は全く変化がない。
変化があるのは、平日と休日の2種類のみ。仕事がある平日はほとんど記憶に残らない。
週休2日の休日も楽しみだけど、結局、記憶にも記録にも残らない。
まるで人生が2色で色分けされただけのように感じる。でも、今日も「日常」は、やってくる。
スペシャルな1日は、つくることができる
あたし:
「あの〜、ごめんくださぁい」
店主:
「はいはい、どうぞ」
あたし:
「あのー、今日がスペシャルになる香りってありますか?」
店主:
「今日がスペシャル?」
あたし:
「そう、今日がスペシャルになる香り。香りを嗅ぐとスペシャルな1日になるの」
店主:
「一生のうち、同じ1日なんて、二度と巡ってきませんよ? 毎日がスペシャルです」
あたし:
「厳密にはそうかもしれないけれど、あたしにとっては毎日、同じような1日だもの」
店主:
「特別な毎日を、さらにスペシャルにするのはハイレベルですね」
あたし:
「・・・ってことは、そんな香りは、ない、ってことですか」
店主:
「いや、、、ありますよ。実はあります」
あたし:
「あるなら、もったいぶらないで早く教えて欲しいです」
店主:
「そこにありますよ」
あたし:
「どこですか? 同じような小瓶がたくさんありますが」
店主:
「そっちの小瓶ではなくて、こっちのテーブルです」
あたし:
「これ、バラの花じゃないですか」
店主:
「よくわかりましたね! バラです。花の女王と言われるバラですよ」
あたし:
「バラの香りは素敵だけど。でも、だからと言って、スペシャルにはならないです! 」
店主:
「バラの香りは300種以上の芳香成分が含まれていて、ゲラニオールやシトロネロールが、いわゆるバラの甘い香りの特徴を表し・・・・・」
あたし:
「そういうのは、いいです! とにかくスペシャルになりたいんです、今日という1日を! 」
店主:
「このバラから採った香りが、このちっちゃい小瓶に入っています。 バラの花とセットの珍しいフレグランスですよ」
あたし:
「いくらお花とセットでも、さっきも言った通り、スペシャルになるとは思えません」
店主:
「確かに。でも、ちょっとしたことで、いきなり、ものすごいスペシャルになります」
あたし:
「えっ! スペシャルになるの??」
店主:
「なります」
今日をスペシャルにする方法があった
あたし:
「これを、どう使ったら、スペシャルになるの? 教えてくれたら、すぐに買うわ! 」
店主:
「買ってくれたら、教えます」
あたし:
「えぇーー、そんなの難しすぎる方法だったら、困るもん! 」
店主:
「簡単ですよ。小学生でもできることです」
あたし:
「そんなに簡単なことで、スペシャルになるのですか!? なんか、あやしい・・・」
店主:
「あやしくないです。お花がセット、というところがポイントです」
あたし:
「わかりました。今日がスペシャルになるなら、これ、持って帰ります」
店主:
「ありがとうございました。じゃぁ、こちらのピンク色のでいいですか? 」
あたし:
「はい、いいです」
「…で、買いましたよ。スペシャルになる使い方、教えてください! 」
店主:
「まずは、ワンプッシュして香りを嗅ぎます」
あたし:
「いい香り。でも、まだスペシャルにならないです」
店主:
「慌てないでください。あとふたつ、やることがあります」
あたし:
「えー、あとふたつも!? 」
店主:
「簡単なことです。おうちに帰るまでには終わりますよ」
あたし:
「で、あとふたつは? 」
店主:
「ひとつめは、このお店に来た道とは違った道順で帰ること」
あたし:
「まぁ、それは別に大したことじゃないけど。でも、意味わかんない」
店主:
「意味はわからなくていいです。それもおうちに着く頃にはわかるから」
あたし:
「で、もうひとつのやることは? 」
店主:
「おうちに帰るまでに、そのお花を、誰か知らない人にあげてください」
あたし:
「ええぇー、なにそれ!? いやですよ、そんなの! ヘンな人みたいに見られるじゃないですか! 」
店主:
「ぜんぜん変な人じゃないですよ。お花をプレゼントするなんてステキじゃないですか」
あたし:
「え〜〜〜〜〜〜…」
店主:
「とにかく、おうちに帰る途中でそのバラを誰かにプレゼントしてください」
あたし:
「・・・・・。」
店主:
「今日がスペシャルな日になるから」
知ったことを実行するには勇気がいる
あたしは、なんかすごい緊張感と、そわそわした感じが、ごちゃ混ぜになったような変な気持ちでお店を出た。
ワンプッシュの香りをチェックする。
それから、来た時とは違う道を選んで帰る。これはできるよ。
でも、お花を知らない人にあげるなんて、そんなことやったことがないし。
気持ち悪がられたらどうしよう…と思う。だいたい、無理でしょ、そんなの。
来た時とは違う道を歩いてみた。ちょっと遠回りだけど、こっちの通りのほうが緑が多いんだね…。
何人か知らない人にもすれ違った。
でも、どうもムリ・・・。
こんなに、ドキドキしながら家路についているあたしがいるなんて、みんな知らないだろうな。
この街で、あたしだけがそわそわしている。
そして、少しゆっくり歩いている自分に気づく。
駅までもう少し。でも、まだまだ歩いていたい。だって、お花をあげる人が見つからないんだもの。
あー、結局、駅についてしまった。
だいたい、歩いている人を呼びとめること自体が難しいし、恥ずかしいし。。。
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そんななか、駅の改札近くで立ち止まっている会社員風の人がいた。なんだか疲れていて、不機嫌そうだ。
この人はちょっと、やめておこう。
・・・でも、ここで逃すと、立ち止まっている人って、なかなかないんじゃない?
電車の中で誰かにあげるのは、そっちのほうがハードル高いでしょ。
あたし:
「あの〜、すみません…」
会社員風の人:
「は、はい…」
あたし:
「あの〜、これ。お店でもらったんですけれど、、、あげます! 」
会社員風の人:
「えっ、いや、、、あの…」
あたし:
「えっ、いや・・・あのぅ…」
会社員風の人:
「・・・。」
あたし:
「あの、そういうルールになっていて。知らない人にプレゼントするっていう…」
会社員風の人:
「あ、ありがとうございますっ! びっくりしたもので。こんなことって普通ないから・・・」
あたし:
「いえいえ、いいんです。そういうルールなんで・・・。でも、受けとってくれてありがとうございます!」
会社員風の人:
「ありがとうございます。これ、持って帰ります! 」
小さな花をプレゼントした瞬間、今日がスペシャルになった
うわ〜ん、緊張したぁ!
でも、渡すことができてよかった。任務完了!
それにしても、あの人、あんなに不機嫌そうだったのに、なにかあったのかな・・・。
でも、ただの1輪のバラだけど、渡してみたら、なんか嬉しそうだったなぁ。急にいい人に見えてきた。
あんなに明るい顔になって、あたしのほうもびっくりした!
バラの花はなくなってしまったけれど。
なんか、あたしも嬉しい。なんだろう、この感覚。
今日はいい日だな!
・・・翌日。
昨日、買った香りを部屋に1プッシュしてみる。
昨日のことが思い出されて、ニヤニヤしてくる。
いつの間にか、昨日のスペシャルな1日が記憶になった。
(・・・でも、知らない人にプレゼントするとか、もうやらないけどね!)